オペラ座の怪人は、ロイドウェーバーが最初の妻となるサラ・ブライトマンをイメージして作ったミュージカルである。オペラ座の地下に住むと伝説に語られる怪人と、うら若きオペラ歌手クリスティーナの物語で、パリオペラ座を舞台に、愛憎入交り、不吉な出来事が次々と起こる、醜い顔に生まれ落ち怪人と呼ばれた男の悲哀に満ちた物語である。
祖母に連れられて「オペラ座の怪人」を初めて見に行ったのは4歳の時だった。それから様々な媒体で表現されてきた様々なオペラ座の怪人を見てきた。しかし一貫して私には物語に共感できない点があった。それは、クリスティーナがとんでもない自己中女であるということである。
私が今まで見てきたクリスティーナというキャラクターは、つかみどころがなく、怪人とラウルの間で八方美人な、浅はかな若い女であった。怪人を愛する素振りを見せながら、素顔を見て恐れおののいて去ってゆき、金持ちでハンサムなパトロンのラウルを選ぶのである。そんな女に惹かれる怪人も、実際には彼女を得る為になら人をも殺せる深く暗い愛情なのに、クリスティーナの若さや美しさ声の美しさなどの表面的要素による浅はかな愛を抱いていたことにされてしまう。
怪人の生い立ちには十分に涙を誘う部分があるし、浅い女クリスティーナに素顔を見て逃げられた怪人の悲哀が残酷なまでに引き立つ演出を取っている作品もある(宝塚版「ファントム」など。これは原作が全く違うし、確かリーヴァイが作曲していたはず)。なぜ怪人が愛するのか、なぜクリスティーナは怪人ではなくラウルを選び去ってゆくのか、全ての作品の整合性が失われている気がずっとしていた。
しかし、ロイドウェーバー版上演25周年を記念した公演を見て、私はのけぞりおののき、涙がとどめなくでできて、タオルを1枚持ってきてずっと泣いていた。この公演はラミンカリムルーが怪人を演じていたのだが、ここまで各キャラクターの心情に整合性が取れたオペラ座は初めてみた。もう本当に感動して苦しくて、泣けた。
以下、私から見て、25周年版のラストパートの演出の中で特にうまく機能していた箇所をあげています。
①怪人が醜い容姿によって親にもしいたげられ、人々から受け入れられず、地獄のような人生を歩んできた
②歪みきった生き方が、純粋さや聡明さ優しさを併せ持つ怪人に、暴力的な側面や、強欲なまでの独占欲、自分が欲しているものの為だったらいとも簡単に人を殺せる狂気的なサイコパスの側面を与えた。
③クリスティーナは怪人を師と仰ぎ、ラウルを恋人として愛情を感じていた
④ラウルはただひたすらに善人で、クリスティーナを心から愛する
⑤怪人はクリスティーナをさらうが、はぎとった仮面の下の素顔が、今までのどのオペラ座の怪人より醜い、ものすごい容姿をしていた。本当に容赦無い感じ(宝塚のファントムなんて、やけどあとかな?くらいだった)。ひどい顔だった。
⑥クリスティーナを天使のような存在として清い愛情を注いでいたが、今まで性的に誰にも受け入れられなかったことに対してのゆがんだ性欲が激しい激情として表面化してくる。それを聞き、気分の悪い表情をするクリスティーナ。「性的嫌悪感」の顔である。
⑦ラウルがクリスティーナを救出に来るが怪人につかまり、怪人は私と結婚するか、彼を殺すか2択だ、といってクリスティーナに迫る
⑧激しい激情の中に、今まで音楽を教えてくれた音楽の天使の本当の孤独と残酷なまでの生き様、自分への切なる愛情を目にしたクリスティーナは、なんと怪人に愛を与える。キスをするわけである。生まれてはじめて、だれかに愛情を注がれている、という瞬間の、怪人の戸惑いとショックと驚きと子供のような無垢な表情が素晴らしく、激しく涙が出始めた。
⑨愛を与えられて、ふと冷静に覚めた怪人は、ラウルを解放し、クリスティーナの幸せを願って彼女をも解放する。内臓を引き裂くような苦しい選択である。
⑧打ちひしがれる怪人のもとへ、去ったはずのクリスティーナが戻ってくる。こっちは、まさか!ラウルを捨てて怪人とともに??と一瞬戸惑う。しかしラウルはひたすらに良い人で、怪人は想像を超えて醜く、サイコパスであり、人を無情にも沢山殺した。これはもう、仕方のないことだ、と私たち観客はクリスティーナが去っていくことに非常に共感する。
⑨彼女を立ち去らせる最後に、「クリスティーナ、アイラブユー」と静かにワンフレーズ歌う怪人。今まで沢山の独占欲による呪いのような呪縛の愛の言葉が散りばめられていたが、このアイラブユーは、愛しているからこそ相手の幸せを願いlet her goするような、本物の愛情を表現する重要なフレーズであると思う。ついに怪人は、本物の愛情を、最後に、クリスティーナに伝えることができた。
⑩クリスティーナは怪人の愛の言葉を受け入れ、彼を一人、この残酷な社会に残して去ることへの苦しみから泣き始める。怪人にもらったマリッジリングを返し、怪人の手に泣きながらキスをするクリスティーナ。
そして、静かに去っていく。
http://www.youtube.com/watch?v=cQLl9_flfTw
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